2009年6月4日木曜日

イスラームの実像に近づくために─小杉泰〔著〕『イスラーム帝国のジハード』

研究者が一般読者向けにわかりやすく書いた本というものは、案外その数が多くない。だから、こうした本に出会うと、内容以前に著者のなみなみならぬ力量と学問を社会の共有財産にしようとする姿勢に感動してしまう。


イスラームとはなにかを理解させてくれる本書は、『興亡の世界史 What is Human History』という叢書の第6巻。著者の小杉泰教授京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科は、イスラーム学・中東地域研究・比較政治学・国際政治学を専攻する研究者である。


日本にも根強い「右手に剣、左手にコーラン」といった誤ったイメージ、さらにはイスラームを短絡的にテロリズムとむすびつけてしまう誤解や無知を一掃することが、いまほど求められている時期はない。本書は2006年の発行だが、その意義を失うどころか、ますます価値のある本になっている。


本書の標題にも含まれている「ジハード」という語も、日本では独善的な聖戦やテロといったイメージと関連づけられている風潮があるが、本書によれば、「ジハードを分類すれば、心の悪と戦う『内面のジハード』、社会的な善行を行い、公正の樹立のために努力する『社会的ジハード』、そして『剣のジハード』に区分することができる」と述べp.73.、「ジハード」がイスラームの好戦性をあらわすものでは決してなく、豊かな内容をもったイスラーム理解のキーワードであることをさまざまな視点から論じている。


中東地域の歴史を叙述しつつイスラームの実像を描いた本書が、世界史だけではなく、現代の政治・経済・社会を考えようとする人にとって、有益で意味のある一冊であることはまちがいない。「索引」「主要人物略伝」「年表」「参考文献」が附されている点も、本書の価値を高めている。


小杉泰〔著〕イスラーム帝国のジハード〔『興亡の世界史 What is Human History?』〕、講談社、2006年11月17日、382p.)

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