2009年5月31日日曜日

五月も終わり - First of May by The Bee Gees

5月も間もなく終わり。今日の東京は雨が降ったり止んだりで、もう梅雨入りしたかのような空模様だった。

5月といえば、きまってビージーズ(The Bee Gees)のヒット曲"First of May"を思い出す。YouTubeにもこの曲がアップロードされている。


2009年5月26日火曜日

医師の投薬で殺されないために

ここへの投稿が少し空いてしまった。今日は最近の感想を記そう。

いま医療関係について少し調べている。医師と患者とのあいだの信頼関係は、やはり大切だとは思う一方で、医師を「信用しない」という態度も必要だと思われる。

たとえば、薬を処方されたとき、医師からの説明に加えて、実際に薬を購入した薬局から薬に説明書も添付してくれるけれども、それだけではなく、自分自身で処方された薬品について調べ、疑問に感じたことなどは遠慮なく医師や薬剤師に質問するべきだ。

処方された薬を調べるときには、『おくすり110番─病院の薬がよくわかる』いうウェブサイト内にある「ハイパー薬事典」というサイトが役に立つ。また、くすりの適正使用協議会が提供している「くすりの情報ステーション」「くすりのしおり」というサイトも有益である。

このサイトの説明等を読んで不安を感じたならば、納得のいくまで医師に訊くべきだ。それは、自分自身の健康を守ることにほかならない。

2009年5月15日金曜日

暴力団追放ポスターの原辰徳監督

警視庁が作成した暴力団追放のポスターが東京都内のあちらこちらに張られている。今日も東京メトロ四ツ谷駅で見た。

ポスターには、読売ジャイアンツ原辰徳監督がスーツ姿で登場している。原監督らしく涙目っぽい感じで、暴力団追放の決意を表明している表情というよりも、暴力団の跳梁跋扈に手を焼いている警視庁幹部みたいな風貌である。9回の裏2アウト10点差で負けているときのような表情で、暴力団追放ポスターとしてはあまり効果的ではないような気がする。

原監督登場のポスターは、下記のウェブページ(アクセスすると音声が流れるので注意)
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kouhoushi/no2/wide/wide.htm

巨人のファンじゃないけど、ポスターを見ていて、がんばれ原辰徳、と声をかけたくなった。

2009年5月14日木曜日

体罰教員への処分の甘さ

時事通信社の時事ドットコムが伝えた記事(下記に全文を引用)によれば、児童への体罰や人格を無視した揶揄発言をくりかえしていた小学校の教員が、停職6か月の処分を受けた。

いつもこうした酷い事件が起きるたび疑問に思うのだが、なぜひとりの人間としても許されない行為を性懲りもなく再三再四おこなった教員にふたたび教壇に立つことを許すのだろうか。保護者らが懲戒解雇の処分を求めていたとのことだが、この保護者らも同じ疑問をもっているであろう。

 小6児童に体罰、「デブ」発言も=男性教諭を停職6カ月-宮崎

 宮崎県教育委員会は13日、児童十数人に頭をたたくなどの体罰を繰り返し加えていたとして、同県南部の小学校の男性教諭(54)を停職6カ月とした。教諭は「デブ」や「KY」などと、児童をやゆする発言もしていたという。
 同教委は、同校の校長(57)についても監督責任を問い、戒告処分とした。
 同教委によると、男性教諭は昨年度、6年生のクラス(児童数37人)を担任。平手で頭をたたいたり、ほおをビンタしたりするなどの体罰を男子児童17人に1年間繰り返した。体型などに関する不適切な発言のほか、女子児童の体重を大勢の前でばらすなどしたこともあった。
 保護者らが2月、同教諭による体罰の実態を学校に訴え、同教委にも懲戒解雇を求める署名を提出していた。(2009/05/13-21:35)

2009年5月12日火曜日

日本水連(古橋広之進名誉会長)の人権侵害

MSN産経ニュースの記事「日本水連、代表選手の茶髪禁止など再指導」によると、財団法人日本水泳連盟が不当きわまりない個人の自由と事件への圧迫・侵害をおこなっていることがあきらかとなった(記事の全文を下記に引用する)
 2009.5.12 21:15
 日本水連の上野広治競泳委員長は12日の委員長会議で、2012年ロンドン五輪で活躍するための心構えとして、日本代表選手にピアス装着や茶髪、女子選手の華美なネイルアートを禁止すると再指導したことを報告した。
 古橋広之進名誉会長の発案で、シドニー、アテネ、北京の各五輪でも競泳代表の禁止事項だった。上野委員長は「世界で戦う選手になるために(派手な見た目は)必要ない。代表選手が多く入れ替わっているので、確認した」と説明した。

選手が髪の毛の色を何色にしようと、それは選手個人の領域における問題であって、国家はもちろんのこと、第三者が容喙し、ましてそれを「禁止」するなどといったことは決して許されることではない。ピアスもネイルアートも同様である。

もし茶髪やピアスやネイルアートが水泳競技や競技中の安全にとって問題であるならば、そのことを選手に勧告すればよい。それを、「世界で戦う選手になるために(派手な見た目は)必要ない」といった或る個人の手前勝手な価値観によって強制するのであれば、これは個人の自由と人権に対する侵害である。たとえ日本水連が国家機関でないとしてもである(日本水連に対してどれくらいの税金が使われているのか、これも関心事ではあるのだが今は調べている時間的余裕がない)

この人権侵害を思いついたのは、古橋広之進名誉会長であるとのことである。つまり、日本水連は、古橋会長個人の価値観を全選手にむりやり強制しているのである。

古橋会長については、かつて千葉すず選手がオリンピック代表選考の問題でスポーツ仲裁裁判所TAS / CAS)に訴えを起こしたとき、今回同様、とんでもない人権侵害的な暴言を吐いたことを記憶している。こうした個人の自由と人権をまったく理解できない人間を「名誉会長」に頂く団体が、どのような人権感覚の持ち主であるのかは、容易に推測できることだ。

国会は、日本水連の古橋広之進名誉会長と
佐野和夫会長を証人として喚問し、日本水連による人権侵害行為を調査するべきである。

『アンカーコズミカ英和辞典』に惜しくも抜けている語

先週購入した『アンカーコズミカ英和辞典学習研究社、2008年1月)は、予想通りのなかなか読み応えのある辞典であり、気に入っている。山岸勝榮編集主幹が書いた同辞典のまえがき「英語の世界が真にわかる辞典をめざして」(pp.3-5.)では、この辞典が目指しているところが表明されており、とくに下記に引用する一文(p.3.)では下線が引かれ(引用にあたっては下線を取り除いてある)強調されている。

…… 英語と表裏一体を成す文化,具体的には,キリスト教(やユダヤ教)を背景として成った文化との"不可分性"を追求し,両者の関係を解明した結果としての有益情報を,英語文化をよく表す重要語(とりわけ「英語文化のキーワード」欄に挙げた語)の訳語や語義解説に適切に反映した。

この一文のいう通りに、『アンカーコズミカ』ではキリスト教などを背景とした英語圏文化に対する目配りが各所にみられる。ただし、あれこれと語をひいてみて気になったことが一つある。キリスト教の文化にとって重要であるはずの"INRI"ということばがこの辞典には載っていないのである。

国廣哲彌ほか編『プログレッシブ英和中辞典』第4版小学館、2003年1月)には載っている。"INRI"の語義は、「《ラテン語》 Iesus Nazarenus, Rex Indaeorum ユダヤ人の王、ナザレのイエス」となっている(p.1001.)。この"INRI"とは、イエスが磔刑にされたとき、十字架の上に掲げられた罪状書きである。イエスのはりつけを題材にした多くの絵画や彫刻などには、この罪状の頭文字である"INRI"の文字を記した銘板や札を見ることができる。

そうした絵画や彫刻といった作品を見たとき、「この"INRI"という文字は何だろう?」という疑問を抱き、『アンカーコズミカ英和辞典』にあたったとき、 その語がみあたらないのでは、キリスト教を背景とする文化に配慮したという辞典としては、大きな問題点ではないだろうか。

上に引いたような趣旨を掲げた上級者向けの英和辞典としては、"INRI"の語が抜け落ちているのは、なんとも惜しまれることである。

2009年5月10日日曜日

スポーツ基本法(仮称)に反対する

今日(5月10日)の『読売新聞』によると、麻生太郎首相が会長を務める議員連盟が「スポーツ基本法(仮称)」という法律をつくろうとしているYOMIURI ONLINEの記事「「スポーツ政策は国家戦略」基本法骨子案、競技力を重視」を下記に全文引用する)

記事によれば、この法律の骨子案では、「アスリートの育成など競技力向上を重視したことが特徴」であり、「自治体や企業、競技団体などとの連携強化のため国の行政を一元化するスポーツ庁構想につなげたい考え」であるとのこと。

国がおこなうべきスポーツ政策というのがあるとするならば、それは「アスリートの育成」や「競技力向上」などではなく、国民一人ひとりの健康維持の可能性を拡げる政策である。たとえば、だれもが安価に利用できる体育施設の整備や、そうした施設を利用する市民に助言できる豊富な知識をもった指導員の育成である(指導員の育成と「アスリートの育成」は直結しない)

オリンピック選手の育成のためという理由では、税金をたとえ1円たりとも使って欲しくない。「競技力向上」など、国が掲げる目的にはなり得ないものである。そういったことに使う税金があるなら、感染症対策や難病治療のための研究に使うべきだ。そもそも、オリンピック選手の育成は、「国」が政策として実行するのではなく、「社会」の領域でおこなわれるべきものである。くりかえすが、税金でオリンピック選手の育成など決して実行してはならない政策である。日本国はいつから、権威主義体制の発展途上国になったのだ。

「スポーツ庁構想」というのも、噴飯物の政策だ。これが官僚のもくろむ天下り先の確保であることは、火を見るよりもあきらかであろう。上に書いたことと重なるが、国はスポーツという領域にこうしたかたちでかかわってはならない。スポーツ基本法(仮称)によって構想されている内容は、「社会」の領域でおこなわれるものであって、「国」や「行政」の領域ではない。国は、学校教育や社会教育の範囲内、あるいは公共的な保健衛生の範囲内で、つまり国民一人ひとりに還元されるかたちでしかスポーツにかかわってはならないのである。限られた国の資源を、「アスリートの育成」や「競技力向上」といった国民一人ひとりに決して還元されないかたちで用いることには断固反対である。

ついでに言うが、2016年の夏季オリンピックの東京誘致にも反対である。急病のときに安心して救急車も呼べない都市が、オリンピックのために税金その他の資源を使うのは、本末転倒という愚かさを超えて、住民を愚弄しているとしか言いようがない。

 超党派のスポーツ議員連盟(会長・麻生首相)が検討している「スポーツ基本法(仮称)」の骨子案が明らかになった。
 現行のスポーツ振興法が国民の健康を主眼としているのに比べ、アスリートの育成など競技力向上を重視したことが特徴だ。議連は今国会への法案提出を目指し、自治体や企業、競技団体などとの連携強化のため国の行政を一元化するスポーツ庁構想につなげたい考えだ。
 骨子案ではスポーツ政策を国家戦略として位置づけ、「国や自治体の責務や義務規定を記載する」とした。国が取り組むべき基本施策として11の課題を提示。国際社会で日本の存在感を高める方策として競技力を重視し、〈1〉トップアスリートの支援〈2〉国際大会の招致〈3〉スポーツビジネスの充実―― などを盛り込んだ。障害者競技スポーツの環境整備やドーピング撲滅などに対する国内での取り組み推進も明記した。
 1961年に制定されたスポーツ振興法は、競技力向上に関する規定が少なく、営利目的のプロスポーツを対象から外すなど、「時代に合わない」との指摘があった。同議連はスポーツ振興法を全面改定したスポーツ基本法の制定を目指し、有識者会議に内容などを諮問していた。
(2009年5月10日11時16分 読売新聞)

2009年5月9日土曜日

特定の辞典を生徒に強制するな

一昨日、あたらしい英和辞典を購入した。山岸勝榮編集主幹 / Edwin L.Carty編『アンカーコズミカ英和辞典学習研究社、2008年1月、22, 2201p.)という辞典である

身の回りに辞典類が増える一方だが、あたらしい辞典がそばにあるのはなかなかいいものだ。勉強をやる気にもなってくる。

この『アンカーコズミカ英和辞典』の評判をAmazon.co.jpのカスタマーレビューで読んでみると、16件のレビューすべてが星五つを与える最高点の評価をしている。

しかし、ひどく気になることを発見してしまった。あるレビュー「まさに辞書という名の鈍器」2008/2/14〔キッズレビュー〕)の文中にあった、「私の学校では授業中ジーニアス第四版以外の「紙の辞書」使用が禁止されているので、登下校、自習の友に使える電子辞書版が出る日を切に願う」という一文に目が止まったのである。

このレビューの書き手が所属している学校では、生徒に『ジーニアス英和辞典』第4版の使用を強制しているようだ。このように生徒に或る特定の辞典をむりやりに使わせるのは、もういい加減に止めるべきである。

その理由は三つある。一つは、辞典と辞典の使用者とのあいだにも相性というものがあるからだ。ある学習者にとって使いやすく有用な辞典であっても、別の学習者にとっては使いづらく学習効果が望めない場合がある。ある学習者にとっては、『ジーニアス英和辞典』第4版よりもはるかに使い勝手がよく、学習効果の高い辞典が存在しているのにもかかわらず、そうした辞典を教室で使わせないという事態は、はなはだ憂慮するべきものであり、教育犯罪といってよい。

もう一つの理由は、『ジーニアス英和辞典』が相対的にすぐれた英和辞典であった時代はもう終わっているからである。英語を使ってなにごとかをしている人はもちろん、辞典類に目配りをしつつ高度なレベルで英語の勉強を続けている人ならば、学習用の英和辞典としては、『ジーニアス英和辞典』よりも、たとえば、山岸勝榮ほか編『スーパー・アンカー英和辞典』第3版学習研究社、2003年12月、20, 2060p. / CDつきもあり)や、井上永幸赤野一郎『ウィズダム英和辞典』第2版三省堂、2007年1月、2125p.)が多くの面ですぐれていることを知っているはずだ。この2冊のほかにも、『旺文社レクシス英和辞典』の事実上の改訂版である花本金吾ほか編『オーレックス英和辞典旺文社、2008年10月、2279p.)や、浅野博ほか編『アドバンストフェイバリット英和辞典東京書籍、2002年12月、xvi, 2190p.)、国廣哲彌ほか編『プログレッシブ英和中辞典』第4版小学館、2003年1月、2163p.)といった辞典があり、これらの辞典よりも、『ジーニアス英和辞典』第4版が抜きんでてすぐれた辞典であるなどとは、到底言い得るわけがない。もちろん、学習者のなかには、『ジーニアス』との相性がいい生徒らもいるだろう。その生徒は、『ジーニアス』を使えばよいのである。『ジーニアス』が相対的にすぐれた辞典であった時代は、とっくに終わっているのである。

もう一つ理由を付け加えるならば、学力が高い生徒たちには、このエントリーの冒頭で挙げた『アンカーコズミカ英和辞典』や、OxfordやLongmanなど英英辞典の使用を積極的に勧めるべきだからであり、一つの辞典に生徒を縛り付けておく理由などどこにもないからである。自分の学習進度や方針に合わせて、生徒自身が使う辞典を選ぶべきであり、選ぶための辞典に関する情報を提供し、また生徒が辞典の選択に迷ったときに生徒それぞれの学力などをみたうえで的確な助言を与えることが、教員の役割である。

そもそも、同じ教室の中で全員が同じ辞典を使っているというおぞましさに気がつかない教員の方が、なにより問題ではないだろうか。

教室で『ジーニアス英和辞典』の使用を強制している教員は、みずからの不勉強を天下にさらしているのも同然である。『ジーニアス』を生徒にむりやり押しつける教員は、英語でものを読む生活をしていない、また、英語学や英語科教育法の研究を続けていない教員なのではないか。なるほど『ジーニアス』はいまでも決して悪い辞典ではない。しかし、『ジーニアス』だけがよい辞典でもない。上に上げた三つの理由から、「授業中ジーニアス第四版以外の「紙の辞書」使用が禁止されている」といった状態は、もう一度言うが、教育犯罪である。

高等学校の(中学校でも同じことだが)生徒たちには、一冊の辞典を強制使用させるのではなく、複数の辞典をとりあげて、それぞれの特徴などを説明し、自由に選ばせるべきである。できれば、辞書を一冊ずつ揃えて、実際に手にとってみる機会もつくるのが望ましい。そうした説明をする力量がないからといって、書店の売り上げなどの評判をもとに『ジーニアス』を押しつけるのは絶対にやめるべきだ。

教室の生徒たち全員に辞典を持たせるのであれば、英和辞典ではなく、A.S.Hornbyほか編『新英英大辞典』新装版開拓社、1973年7月、1291p. / ミニ版もある)という辞典をもたせて欲しい。半世紀以上も前につくられた英英辞典ではあるものの、英語を母語としない学習者にとって、これ以上のものはないというほどの秀逸な英英辞典である。中学校3年以降ならば十分に使いこなせる内容であり、この辞典ならば、教室の全員が持っているべき辞典として推薦できる。

2009年5月8日金曜日

宮川俊彦〔著〕『中学受験に迷う親たちへ』


ここでは本の紹介・書評はしないつもりでいたけれども、読んだ本の感想を綴って簡単に紹介するくらいのことはしてみようと思いなおした。

最初の一冊は、宮川俊彦〔著〕『中学受験に迷う親たちへ─知っておくべきこと、考えておくべきこと』PHP研究所、2009年4月、159p.)。たまたま手にとって目次を見たところ、第三章「思索の蓄積がない教師と親に教育はできるか」という文句が目に飛びこんできたので、これはいまの自分の関心と重なるのではないかと思って読んでみた。

その第三章に述べられている著者の見解(これは4月30日のエントリー「教育現場の惨状」を裏書きする内容で、問題意識を共有するものだ)や、「学校は過剰に企業の意向に沿いすぎて、本来為すべき教育を後退させている」(p.111.)といった意見や、現在の学校教育が根底に抱えている方法論の問題に関する指摘など、納得するところが多い。たとえば「「分かろうとする力」を育成できるか」という見出しで述べられている下記に引用するような見解は、受験を前提とした現在の教育方法の問題点を衝いているものだと思われる(引用にあたって本文にあったルビは〔 〕に入れて表記した)

 受動的態度の要因はまだある。「教えたら覚える」という原理が長く引っ張られていることだ。
 戦後なども、「戦前、戦中の教えによって自分はこうなった」となんでも教えた側の責任を問い、そのまま受動しただけの自分の責任を躱〔かわ〕す言説があった。それを卑怯と言いたいが、相手はもう死に始めているからあえて彼らに語ることはしない。
 しかし問題はそれが今もって原理であることで、実に情けないと思う。教師は教える存在。子は学ぶ。しかも分かるように教える。それがサービスだ。落ちこぼれないようにする。学校教育はそういう設定にある。
 しかも歴史教科書などがいい例だが、この記述はいけないとか、事実に反しているとか、近隣国への配慮が足りないとか、そうしたことが大きなテーマになったりしている。
 そこには、基本として「教えたらそれを学ぶ=覚える」という原理が一貫している。この基本原理は確かに漂白・染色のそのままを示唆しているのだが、安易だ。学ぼう、分かろうとする子たちの育成は、その原理を踏まえた上に向かう多層構造を作らないと停滞を招く。知識注入から表現教育へという大道〔だいどう〕は必然の回路としてある。だが、それはまだ理念としても手法としても展開されないでいる。
 どう伝えるかに粉骨砕身は必要であるけれども、分かろうとする力がなくては何にもならないことは自明だ。「分かっててもやらない」とか、「分からせないお前が悪い」式の傲慢な理解の客になってしまう。
 企業などでもコミュニケーション不足は指摘しても、対策は「伝える努力」くらいしか語られない。これは実に一面的な愚見であり、きっとそういう職場は何年経ってもダメだし、迂遠さが冗漫さを招くに違いない。
  〔pp.117-118.〕


本の標題には「中学受験に迷う親たちへ」とあるが、本書は「親たち」だけではなく、小学校から大学・大学院まですべての教育課程に属する教員、塾・予備校の教員、さらに教材作成をおこなっている出版社の編集者にも読んでほしい一冊である。

2009年5月7日木曜日

さよなら池袋三越

昨日6日、池袋の三越が閉店した。池袋にも「三越」がある、という妙な安心感のようなものがどこかにあった。それもなくなってしまった。さようなら三越。

MSN産経ニュースの記事「51年の歴史に幕 池袋三越が営業終了」の本文を下記に引用しておく。

2009.5.6 23:25
 営業不振の続いていた池袋三越がゴールデンウイーク最終日の6日、51年の歴史に幕を下ろした。閉店セールに詰めかけた大勢の買い物客が見守る中でのフィナーレだった。
 閉店時間の午後7時半を過ぎても店内の混雑は続いた。最後の買い物客が店を出てシャッターが下り始めたのは同8時過ぎ。蛍の光が流れ、勢ぞろいしたスタッフが深々と頭を下げる中、文字通り幕を閉じた。
 最後を見届けた人からは「思い出をありがとう」「長い間ご苦労さま」などの声が上がった。
 池袋は百貨店激戦区で苦戦が続いていたことから、店舗再編と合理化を進める三越伊勢丹ホールディングスが、昨年9月に閉鎖を決めていた。

2009年5月6日水曜日

東京駅

昼前に東京駅へ行ってきた。休日だけあって日曜日によく似た雰囲気であった。雨のせいか、丸の内の風景がしっとりと美しかった。

こんなとき、デジタルカメラをもっていれば写真を撮ってここにも載せられるのに。

2009年5月5日火曜日

首相に最もふさわしい国会議員

読売新聞社による「首相に最もふさわしい国会議員」を尋ねた世論調査結果の結果記事「首相ふさわしい人…小泉・舛添・麻生の順、小沢メダル圏外YOMIURI ONLINEで発表となった。記事の本文のみ下記に引用する。
 読売新聞社が実施した面接方式の全国世論調査(4月25~26日)によると、首相に最もふさわしい国会議員のトップは小泉元首相14・8%、2位は舛添厚生労働相9・0%で、前回(3月14~15日)と同じだった。
 3位には麻生首相7・1%が前回の8位から浮上し、4位は小沢民主党代表6・5%で順位を一つ上げた。
 小泉氏は前回は12・9%、舛添氏は10・6%だった。麻生氏は前回3・5%からは倍増した。自民支持層に限ると、麻生氏は19%で、小泉氏の20%に迫った。
 小沢氏は6・0%からわずかに増えた。民主党議員では前回、岡田克也副代表が3位だったが、今回は小沢氏が逆転した。民主支持層で小沢氏を挙げた人は26%(前回22%)に回復した。ただ、政治資金規正法違反事件で公設秘書が逮捕・起訴される前の調査(1月31日~2月1日)で記録した40%は大きく下回っている。
 支持政党のない無党派層では小泉氏14%、舛添氏10%、石原伸晃自民党幹事長代理と小沢氏各4%の順に多く、麻生氏は1%だった。
 調査は全国の有権者3000人を対象に実施し、1810人から回答を得た(回収率60・3%)。
(2009年5月4日22時14分 読売新聞)

舛添要一厚労相の第2位というのは意外な感じがするが、かれは参議院議員であるため、「憲政の常道」を尊重すれば内閣総理大臣になるのはむつかしい。首相を目指すならば衆議院議員になるべきだ(本人にその気はないようだが)

2009年5月4日月曜日

商品知識

昨日、新宿へ出かけたときの出来事を一つ書いておく。

いつも使っているぺんてるのペンノック式エナージェルシルバー軸BL77-B)のリフィルを買おうと、世界堂新宿西口店に入った。レジで若い女性の店員に「これのリフィルの赤を……」と言いながら鞄からペンを取りだしてみせると、彼女はそのペンを手にとることもせず、くるっと後ろを向いてリフィルを手にとり、「お一つでよろしいですか?」と目の前に置いてくれた。

正直、ひどく驚いた。生まれて初めての経験といってもよかった。いままでどの文房具店でも、リフィルを店員に頼んだときには、店員はペンを手にとって品番とにらめっこでリフィルを探し、場合によってはペンからリフィルをとりだして照合し、ようやく出してくれるのだった。ほかの店員や上司に訊いたりして、何分もかかって見つけ出すことも少なくなかった。同じ世界堂の新宿本店でもそうだし、ほかの文房具店でもそうだった。

それなのに、新宿西口点の彼女は、ペンの外見を一瞬見ただけで、正しいリフィルをすぐさま目の前に置いたのだ。色は赤だとこちらで言ったが、太さ(0.7mm)までは言っていなかったにもかかわらず、太さまでまちがいなかった。

彼女自身が、そのペンを愛用しているといった偶然がもしかするとあったのかもしれない。あるいは、たまたま数分前だとか数時間前だとかにそのペンのリフィルを買ったお客さんがいて、このリフィルで本当にいいのかなどといったやりとりをした直後だったのかもしれない。でも、もしそうなら、ペンを手にとって確認するくらいのことはするはずだ。

彼女を商品知識の豊富な従業員だと評価するだけでは、なにか足りないような気がする。まさか、テレパシーではあるまい。世界堂にとって、彼女は宝である。

2009年5月3日日曜日

日曜日の新宿駅周辺

お昼前からお昼過ぎまで、新宿駅周辺の本屋を何軒かまわってきた。お昼には、以前からちょくちょく寄っているラーメン屋に行った。驚いたことに、以前はつけ麺の普通盛り・大盛り・特盛りが同一料金だったのに、それぞれ値段に差がついていた。

新宿駅周辺は、いつもの日曜日とそれほど変わった様子はなかった。マスクをしている人もほとんど見られない。

午前中、音だけ聴いていたテレビ番組東京放送で、だれだかしらないがインフルエンザに対する「水際作戦」を自国のことしか考えないものだと罵っている人がいたが、政府のとっている「水際作戦」のおかげで平穏な日曜日があるのではないか。自国の政府が自国民の生命を守るための措置を反体制的なポーズをとって幼稚な言辞を弄して罵るバカが朝からテレビに出ている惨状が、日本の現実である。

2009年5月2日土曜日

成田空港で検疫漏れ

また新型インフルエンザに関連するエントリーなってしまう。でも、下記のことについては書いておきたい。

『毎日新聞』電子版毎日jpの記事「成田でタイ便160人検疫漏れ 到着便集中(下記に引用)によると、成田空港で検疫漏れがあったとのこと。水際でインフルエンザの上陸を阻止するためには、こうした問題を決して発生させてはならない。確実な検疫ができるように乗客にはたとえ何時間であっても旅客機の中で待機させるべきだ。

2009年5月2日 20時9分 更新:5月2日 22時1分
 厚生労働省は2日、成田空港に到着したタイ・バンコク発全日空916便(タイ航空6002便共同運航便)の乗客150人と乗員10人が、発熱を感知するサーモグラフィー検査などの検疫なしに入国したと発表した。検疫官が別の便の対応に追われ、検疫ブースから離れていたため。到着前に発熱などを訴えていた人はなく、同省は「新型インフルエンザの発症者が検疫をすり抜けた可能性は極めて低いが、国民に不安を与えかねず申し訳ない」と話している。
 厚労省によると、タイ便は午前8時20分、第1ターミナルの第5サテライトに到着。5人の検疫官が乗客・乗員から健康状態の質問票を回収し、サーモグラフィー検査をすることになっていた。
 しかし、5人の検疫官は数百メートル離れた第3サテライトの検疫も担当。タイ便到着前に第3サテライトへ6機の到着便が集中し、全員で作業にあたった。タイ便到着後に検疫官が戻った時には、残っていたのは乗客1人で、この乗客以外からは質問票を回収できなかった。
 厚労省は今後、個別に連絡を取って健康状態を確認するが、乗客に同省コールセンター(03・3501・9031)に連絡するよう呼びかけている。【奥山智己】

メキシコへの支援の動き

以下の記事にあるように、新型インフルエンザの被害が(現在時点で)もっとも深刻なメキシコへ日本からの支援が始まったようである。

  ・メキシコ向け、マスク募金を 千葉・御宿、友好400年の縁毎日jp
  ・政府、メキシコに1億円支援毎日jp
  ・メキシコ姉妹都市にマスク送付へ 御宿町MSN産経ニュース
  ・メキシコにマスクなど1億円相当の支援 官房長官MSN産経ニュース
  ・政府、メキシコに無償提供 医療用物品1億円分日経ネット
  ・政府、メキシコにマスクなど1億円分供与 新型インフルで日経ネット

メキシコへの支援はすでに、世界銀行や中国政府も表明している。

  ・
メキシコに25億円支援 世銀MSN産経ニュース
  ・
中国、メキシコに計500万ドル分の支援 豚インフル対策でasahi.com

2009年5月1日金曜日

日本・メキシコ交流400年

今年は、日本とメキシコとの交流が始まってから400年目という節目の年である。さまざまな記念行事が企画されていたとのことだが、新型インフルエンザのために中止に追い込まれているそうで、はなはだ残念なことだ。

1609年9月、フィリピンからメキシコのアカプルコを目指して航海を続けていた帆船サン・フランシスコ号が房総半島沖で嵐に遭遇し、乗組員たちが上総国岩和田(現在の千葉県夷隅郡御宿町の田尻海岸に漂着したのを地元の漁民らが救助した。この事件を起点として、今年が日墨交流400年目になる。このとき、地元の人びとの尽力で317人もの人命が救われたという。一行は徳川家康から船を与えられ、無事に帰国することができた。

日本は現在、国内のインフルエンザ対策で手一杯の状態だ。しかし、いま、メキシコの人たちのために手をさしのべて何かできることがあるはずだ。こういうときに、スペイン語を勉強する機会があったのにそれを活かさなかった自分自身の怠惰な過去を後悔する。