身の回りに辞典類が増える一方だが、あたらしい辞典がそばにあるのはなかなかいいものだ。勉強をやる気にもなってくる。
この『アンカーコズミカ英和辞典』の評判をAmazon.co.jpのカスタマーレビューで読んでみると、16件のレビューすべてが星五つを与える最高点の評価をしている。
しかし、ひどく気になることを発見してしまった。あるレビュー(「まさに辞書という名の鈍器」2008/2/14〔キッズレビュー〕)の文中にあった、「私の学校では授業中ジーニアス第四版以外の「紙の辞書」使用が禁止されているので、登下校、自習の友に使える電子辞書版が出る日を切に願う」という一文に目が止まったのである。
このレビューの書き手が所属している学校では、生徒に『ジーニアス英和辞典』第4版の使用を強制しているようだ。このように生徒に或る特定の辞典をむりやりに使わせるのは、もういい加減に止めるべきである。
その理由は三つある。一つは、辞典と辞典の使用者とのあいだにも相性というものがあるからだ。ある学習者にとって使いやすく有用な辞典であっても、別の学習者にとっては使いづらく学習効果が望めない場合がある。ある学習者にとっては、『ジーニアス英和辞典』第4版よりもはるかに使い勝手がよく、学習効果の高い辞典が存在しているのにもかかわらず、そうした辞典を教室で使わせないという事態は、はなはだ憂慮するべきものであり、教育犯罪といってよい。
もう一つの理由は、『ジーニアス英和辞典』が相対的にすぐれた英和辞典であった時代はもう終わっているからである。英語を使ってなにごとかをしている人はもちろん、辞典類に目配りをしつつ高度なレベルで英語の勉強を続けている人ならば、学習用の英和辞典としては、『ジーニアス英和辞典』よりも、たとえば、山岸勝榮ほか編『スーパー・アンカー英和辞典』第3版(学習研究社、2003年12月、20, 2060p. / CDつきもあり)や、井上永幸・赤野一郎編『ウィズダム英和辞典』第2版(三省堂、2007年1月、2125p.)が多くの面ですぐれていることを知っているはずだ。この2冊のほかにも、『旺文社レクシス英和辞典』の事実上の改訂版である花本金吾ほか編『オーレックス英和辞典』(旺文社、2008年10月、2279p.)や、浅野博ほか編『アドバンストフェイバリット英和辞典』(東京書籍、2002年12月、xvi, 2190p.)、国廣哲彌ほか編『プログレッシブ英和中辞典』第4版(小学館、2003年1月、2163p.)といった辞典があり、これらの辞典よりも、『ジーニアス英和辞典』第4版が抜きんでてすぐれた辞典であるなどとは、到底言い得るわけがない。もちろん、学習者のなかには、『ジーニアス』との相性がいい生徒らもいるだろう。その生徒は、『ジーニアス』を使えばよいのである。『ジーニアス』が相対的にすぐれた辞典であった時代は、とっくに終わっているのである。
もう一つ理由を付け加えるならば、学力が高い生徒たちには、このエントリーの冒頭で挙げた『アンカーコズミカ英和辞典』や、OxfordやLongmanなど英英辞典の使用を積極的に勧めるべきだからであり、一つの辞典に生徒を縛り付けておく理由などどこにもないからである。自分の学習進度や方針に合わせて、生徒自身が使う辞典を選ぶべきであり、選ぶための辞典に関する情報を提供し、また生徒が辞典の選択に迷ったときに生徒それぞれの学力などをみたうえで的確な助言を与えることが、教員の役割である。
そもそも、同じ教室の中で全員が同じ辞典を使っているというおぞましさに気がつかない教員の方が、なにより問題ではないだろうか。
教室で『ジーニアス英和辞典』の使用を強制している教員は、みずからの不勉強を天下にさらしているのも同然である。『ジーニアス』を生徒にむりやり押しつける教員は、英語でものを読む生活をしていない、また、英語学や英語科教育法の研究を続けていない教員なのではないか。なるほど『ジーニアス』はいまでも決して悪い辞典ではない。しかし、『ジーニアス』だけがよい辞典でもない。上に上げた三つの理由から、「授業中ジーニアス第四版以外の「紙の辞書」使用が禁止されている」といった状態は、もう一度言うが、教育犯罪である。
高等学校の(中学校でも同じことだが)生徒たちには、一冊の辞典を強制使用させるのではなく、複数の辞典をとりあげて、それぞれの特徴などを説明し、自由に選ばせるべきである。できれば、辞書を一冊ずつ揃えて、実際に手にとってみる機会もつくるのが望ましい。そうした説明をする力量がないからといって、書店の売り上げなどの評判をもとに『ジーニアス』を押しつけるのは絶対にやめるべきだ。
教室の生徒たち全員に辞典を持たせるのであれば、英和辞典ではなく、A.S.Hornbyほか編『新英英大辞典』新装版(開拓社、1973年7月、1291p. / ミニ版もある)という辞典をもたせて欲しい。半世紀以上も前につくられた英英辞典ではあるものの、英語を母語としない学習者にとって、これ以上のものはないというほどの秀逸な英英辞典である。中学校3年以降ならば十分に使いこなせる内容であり、この辞典ならば、教室の全員が持っているべき辞典として推薦できる。
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